STORY RECORD 13
第十三話
固定点
第十三話 固定点
幻想域 外縁。
アオの手が、ゆっくりと持ち上がる。
差し出された手へ。
あと少しで、触れる。
その瞬間——
空気が、止まる。
世界が、
“固定される”。
見えない何かが、
二人の間に差し込まれる。
触れられない。
あとわずかな距離が、
埋まらない。
「……なに、これ」
アオが呟く。
白い存在の瞳が、
わずかに揺れる。
初めて。
ほんの少しだけ。
「……変だね」
静かな声。
一歩、踏み込む。
だが——進めない。
“拒絶されている”。
空間が、軋む。
世界が、歪む。
白い存在が、
周囲の構造を捻じ曲げる。
道を消す。
距離を歪める。
接続を断つ。
だが——届かない。
「……効かない」
その言葉が、初めて落ちる。
レイが息を呑む。
「……何をした」
その答えは、後ろから来た。
「何もしていない」
静かな声。
アオが振り返る。
そこにいた。
白に近い銀髪。
揺れない瞳。
静かに立つ存在。
「……あなたは?」
その存在は答えない。
ただ、そこにいる。
白い存在が、
わずかに目を細める。
「……なるほど」
一歩、下がる。
ほんのわずかに。
初めて距離を取る。
「それは、“そっち側”か」
ユラは動かない。
ただ立っているだけ。
だが——空間は、崩れない。
白い存在が、再び歪める。
世界を書き換える。
定義を変える。
存在の位置をずらす。
だが——
“その場所だけが動かない”。
「……どうして」
アオが呟く。
ユラが、静かに言う。
「ここは、触れさせない」
白い存在が笑う。
「……おかしいな」
「空間は変えたはずだよ」
一拍。
「なのに、そこだけ変わらない」
ユラの視線が、
まっすぐに向く。
「今この場は空間じゃない」
「“私”だ」
空気が、震える。
レイが息を呑む。
「……存在そのものが固定点……」
白い存在が、静かに呟く。
「……なるほど」
「人物扱いか」
わずかに笑う。
「それは、触れられないね」
アオが混乱する。
「……え?」
白い存在は、しばらくユラを見ていた。
そして——
「……いいよ」
「ここは、やめておく」
「順番を変えるだけだから」
ユラは動かない。
ただ、見ている。
「またね」
その瞬間。
姿が消える。
何も残さず。
最初から、いなかったかのように。
沈黙。
風が戻る。
世界が、わずかに整う。
だが——歪みは消えていない。
アオの手が、ゆっくりと下がる。
「……なに、今の」
答える者はいない。
ユラは、ただ前を見ている。
その視線の先には——
もう誰もいなかった。